空想よふかし

くうそう、にちじょう

私はポットを信じていない

 

私はまだポットを信じていない。
家のポットを。

 
キッチンの、

やたらでかいテーブルに置いてあるポット。
湯が沸かせるポットではない。

その中身はぬるい。
コップに注ぐとなぜかほこりや、

猫の毛が浮かんでいることもある。 

 
いつもぬるいのだ。
私がコーヒーを飲みたいとき。


だから私はコンロでその度、湯を沸かす。

私の一杯だけ。
めんどうである。

 
なんだかポットが信じられない。

いつ、だれが、

ポットにお湯を入れてるのかすら、

別に、わからぬ。

このキッチンという、

たまに家族が “さらさら” とだけ行き交う場所で。

 

面倒で、

カップに水を入れレンジでチンする時も多々。

ちなみにティーバッグの紅茶はこれではだめ。

チンすると何かが浮いてて不味いのである。

しかもどれも薄くて、同じ味。
こんなもの紅茶ではない!!!!と、

きっと紅茶愛好家からこっ酷く怒られる。

 

6人掛けのテーブル。無駄に大きい。
うちの家族は4人。
なんだか、物足りなさが溢れる。


さらさらと窓の陽が揺れて、

少しのお洒落感が残る、

寂しいボタニカルテーブルを照らす。

 

ここに一緒に集まることなんて、

そんなにないのに。